SSブログ

夢の仲蔵千本桜 千穐楽 2005.10.27 [歌舞伎]

風邪気味で体調が今ひとつだったが、せっかくの千穐楽を逃してなるものか…と意気込んで家を出る。
が、やはりボーッとしていたのか携帯電話を忘れてしまったことに気付き、取りに戻ったりしてたら開演ギリギリの到着になってしまった…
くーっ、せっかく楽しみにしていた開演アナウンスを聞き逃しちゃったよぅ~。(T_T)
本日のお席は1階G列20番。
ほぼ中央ど真ん中のお席なので、舞台はとても観易かった。

幕が開いた時から出演者の気合のようなものを感じる。
「伏見稲荷鳥居の場」での忠信役の錦弥は今回色々なお役をなさっていて忙しそうだが(笑)、本当に頑張っていたと思う。
最近めっきり良い味の出てきた役者さんで、実は結構お気に入りだったりする。
そして「道行初音旅」での「道行」を踊る染五郎、きっと身体はボロボロに疲れているだろうに何と丁寧に踊っていることか…
前2回の時にも踊りは良かったとは思ったが、今日は何だかいつもと違う「気」のようなものを感じる。
わくわくしてきた…
きっと今日は凄い舞台を見せてくれるに違いない、と。

「森田座の楽屋」での此蔵(染五郎)が「ウチの師匠は初日の後でも稽古するなんて言い出し兼ねない」と唄いながら踊っている舞台の上方では、仲蔵(幸四郎)が台本片手に動きの練習をしている…なんて贅沢な演出なのだろう。
どっちに目をやっていいか分からないって!
とか言いつつ私は染ちゃんばっかり観てたけど(笑)。
此蔵が大吉の代役となり四の切での狐忠信を演じることになって、舞台に送り出す時の仲蔵の叫びが心に響く。
「此おぉぉーっ、見事吉野の山に千本桜を咲かせてみろおぉーっ!」
ああ、この時の幸四郎の表情が、声がなんと素晴らしかったことか…
仲蔵が此蔵に対する、そして市川染五郎の師匠松本幸四郎としての叫びだったのかも知れない。
前から思ってきたことだけれど、幸四郎の台詞回しの上手さにはいつも感嘆してしまう。
強弱があって、その音に心の動きを感じることが出来るのだ。
私は彼にオトコの色気のようなものはまったく感じないのだけれど(ゴメンなさい)、こういう細かな心情を表す台詞回しの上手さでは群を抜いているのではないだろうか。

そして狐忠信となった此蔵、今まで観た中でも1番の踊りだったと思う。
ずっと物足りなく思っていた手の動きの素晴らしさに狐が見えた思いだ。
ああ、私はこういう手の作りが観たかったのだ!
右手よりも左手の方がキレイな手の作りだった気がしないでもないが、ここまでやってくれたら言うことはない。
頭のてっぺんから足先まで神経の行き届いた踊りを見せてくれる。
欄干を伝っての動きは若干軽さに欠けるものはあったが、それはここまで舞台をこなしてきての身体の疲れ具合から察するに仕方のないことだろう。
魂をかけてこの狐忠信を演じている此蔵になりきっている。
いつの間にやら私は染五郎が狐忠信を演じているのではなくて、此蔵が演じているような錯覚を覚える。
この四の切が観られただけでも来た甲斐があったというものだ。
前からちょっと気になっていたのは義経役の錦吾はやっぱり義経っていう柄ではないよねぇ(笑)、劇中劇なので仕方ないところもあるけれど。

「仲蔵の部屋」での知盛の拵えをするところは好きな場面のひとつだ。
この時に着物を畳んだり、拵えの仕度をしている此蔵の動きはいかにもバックステージものという感じがして観ていて楽しいし興味深い。
その後の大吉と「網打」を踊る此蔵、前回もこの踊りは良いと思ったのだが今日は更に表情が良くなっている。
陶酔したような顔を作る染五郎のなんと色っぽいことか!
裾を絡げてナマ足を見せる両者、そりゃ私はやっぱり染五郎の足しか見てないんだけど(笑)、この場面で彼の足には4ヵ所の座り胼胝があることに気付いた。
足の甲にあるのは以前から知っていたが、両膝の下にもあるんだよねぇー。

高麗蔵の大吉も今日は台詞回しが素晴らしかった。
嫌味なオトコの雰囲気と拗ねた目付き、そして役者として此蔵に妬みを感じているのではないかというような表情を見せる。
「奈落」の場での2人の遣り取りでは、此蔵の過去を暴露された時の染五郎の表情に暗い影を感じることが出来た。
ここに居るのは此蔵だ。
ちょっとコワさを感じる位に今日の染五郎は此蔵に入り込んでいる。
大吉を殺してしまった後に手拭いで血を拭き、凶器となった小刀を懐に仕舞う時の表情には思わずゾッとしてしまった。
その後の「道行」では、まるで観ている方が苦しくなる位に全身全霊の踊りを見せてくれる。
これは染五郎の踊りではない、此蔵の踊りだ。
此蔵の演技だ。
のちに里好が此蔵に対して言った台詞のように「これが最後というように全てを出し切っている」のだ。
一分も残さぬ演技、そんな風にさえ感じることが出来る。

仲蔵に大吉殺しを目撃したことを告げられて「俺が本当に殺したかったのは中村仲蔵だった」という時の目と声には鳥肌が立ってしまった。
そしてその此蔵の心の叫びを聞いての悲痛な表情の仲蔵がまた哀しい。
此蔵が切腹してしまい、彼の手を握りながら仲蔵が呼ぶ「此ぉぉ~」という声で私の涙腺は一気に緩んでしまった。
この2人の運命が本当に哀しかった。
最後の此蔵の「俺は必ずまたここに戻ってくる。生き変わり死に変わり必ずまたここに戻ってくる」との台詞は、此蔵の魂が染五郎という役者に乗り移っているのではないかというような錯覚さえ覚えてしまう。
幕が降りた後も私の心は感動で打ち震えていた。

最初のカーテンコールでの源九郎狐となっての染五郎はまだ此蔵の顔をしていて、いかに彼がこの役に入り込んでいたのかが分かった。
鳴り止まない拍手の中、2度目のカーテンコールで幸四郎が観客、そしてスタッフに礼を述べた後に「親の欲目というのではなく、此蔵という役は染五郎の為に書かれたのではないかと思う位によくやってくれました。染五郎という役者がいたからこの役が出来た」との言葉を受けた時の染五郎の表情は忘れられない。
きっと彼は嬉しさで泣きたかったのではないだろうか。
それを隠そうとしての「えっへん」と胸を張った姿は、いつものお笑い好きな彼では無かった。
3回目のカーテンコールで幸四郎に前に出るように促されてもなかなか前に出て来なかった染五郎は、師匠であり親に褒められた嬉しさを噛締めていたように見えた。
とても素晴らしい舞台だった。
この役者をずっと応援して行こう…そんな決意を固めさせてくれるほどに素晴らしい舞台だった。


nice!(1)  コメント(4)  トラックバック(0) 
共通テーマ:演劇

nice! 1

コメント 4

ぃよっす

愛染様ぁぁーー(ウルウル)!!
コメント入れさせて頂くの、お久しぶりです。それも遅くなってしまったけどこちらの記事に。
うう、今日は顔見世大歌舞伎の初日ですよね、でも、「夢の仲蔵」千穐楽感想を拝見して、心が震えてしまった!私の「夢仲」はイマイチ不完全燃焼だったのですよー。染ちゃんの疲れが極限に達したとき、此蔵とまさにリンクしたのかもしれませんね。(役者ってなんて因果な商売なの!)それを生で感じた愛染さんがちょっと羨ましいなぁ...燃焼したかった!でもこちらで満喫しちゃったかしら?うぷ。しかしまぁ、愛染さんの表現力にも脱帽。ステキー(*^^*)
止まるところを知らない染ちゃん、今日もまた違う役に挑んでる...うう、私も追っかけて行くわーー!染ちゃーーん!
そして、この日はチョー多忙な一日だったのですね。千穐楽の後にQUEEN(それもさいたまスーパーアリーナ!)に行くのだけでも、大変だぁ、、と思っていたのに。あぁ、それなのに私ったら何回か携帯にメールしちゃいましたね。さぞうるさかったろう...も、申し訳ないですーー!!愛染さんもかなりお忙しそう。ご自愛下さいねん♪
by ぃよっす (2005-11-01 16:16) 

愛染かつら

ぃよっす様
レポを読んで下さってありがとうございます。
今日は初日ですねー。
ぃよっすさんは夢仲が不完全燃焼だったのですかー…
私も16日に拝見した時は「まだまだ」的なところがあったのですが、この日は出からして違っていました。
やはり気合のようなものが感じられたです。

ホント、毎月、毎月、舞台に出てくれるのは有難いですけれど、お金がねぇ~…

ぃよっすさんのメールは楽しいから大好きですよ!
気にしないでジャンジャンしてきて下さいね~!
by 愛染かつら (2005-11-01 17:15) 

Ren

千穐楽はやはり素晴らしいものだったのですね。気合の入り方が違うというのもあるのでしょうけれどその達成感もすごいのですね。愛染かつらさんの記事はいつも細部までよくよくご覧になってるものだなぁと感心感動させられます。
また寄らせていただきます♪
by Ren (2005-11-04 06:49) 

愛染かつら

Ren様
nice!とコメントありがとうございます。
今回この夢の仲蔵は3回拝見しましたが。やはり千穐楽は格別でした。
2ヵ月もの舞台の大楽ですから、役者さん達も凄い達成感だったのでしょうねー。
私の記事はレポというよりほぼ「思い込み」的なことが多いので、こんな記事でも読んで下さってありがたいです~。
これからも宜しくお願い致します。
by 愛染かつら (2005-11-04 14:07) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

広がるハノイの輪長い1日 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。